2008年07月09日

応援

カープの応援について、書かれたいた記事。
あの意見は、間違いは無いと思う。

環境破壊やゴミといことから考えれば、むしろ辞めた方がいいかもしれない。

私も、もし、あまりカープの応援に行かず、TVや新聞だけの情報でのカープファンなら、間違いなく賛同していたと思う。

市民球場に行って応援し、また外野で当事者になって応援したなら、
一概に、環境とかゴミだけでは、判断は難しい。




市民球場に初めて応援に行ったのは、小学生の低学年の頃、父親や親戚の伯父さんにつれていってもらった。
紺色の帽子にHの文字。

当時の応援は、旗もあったが、鳴りものは太鼓と笛(ホイッスル)とカネ。
今のように、ひたすら応援するのでなく、チャンスのときや得点が入ったときくらいだった。
また、相手打者が三振に終わると、滑稽なリズムでカネが鳴らされた。
観客の野次も、球場に聞こえていた。

選手がイマイチだと、厳しい野次があったが、でも心がこもっていたように思う。
選手の私生活を知っているかのような微笑ましい野次には、観客はみな笑っていた。

厳しい野次を言う人も、その選手が活躍すると他の誰以上にとても喜んでいた。
その選手が好きだからこそ、愛情のある叱咤だったのだろう。

バックスクリーンでは、東洋工業の楽団も演奏していたような記憶がある。また、バトン?の演技も。


高校の頃、紺色の帽子から、赤い帽子に変わり、HからCになった。

カープが初優勝へと、快勝を始めた。

球場中は、カープファンで埋まり、
一塁側、三塁側、ライト、センター、レフトと
スタンドは、すべてカープの応援旗が振られていた。

熱狂的なカープファンに埋め尽くされた球場は、
カープファン以外は、ここで応援するなといわんばかりで、
熱く燃えていたが、その反面、他の球団の応援に来ていた人は、
身を小さくして、周りに気づかれないようにそっと応援をしていた。

他球団の選手やファンにとっては、とても怖い球場になっていた。


応援も、トランペットが鳴り響きだした。

カープの応援歌、選手の個性を綴った詩の応援歌。

広島人=カープファンでないと、イケない風潮でもあった。

熱狂さは限度を越え、一部のファン?は、社会悪にもなりつつあった。
カープファンを名乗れば、何をやってもいいんだと勘違いするファン?もいた。

そんななか、心あるファンたちは、応援のスタイルを変えていったように思う。


外野の今のような応援スタイルになったのは、
このブログに書かれている。http://blog.livedoor.jp/tammar/

今の応援は、とても理性があると思う。
汚い野次は無く、相手球団の攻撃時には、相手のファンの応援を見守っている。(ただし、投手がピンチに陥ったらそのときだけは応援しますが)
ひたすら選手の可能性を信じての応援に思うから、
選手にとっては励みになっていると思う。

また、ラッキーセブンに風船を飛ばす応援。

これが、いかがなものかという意見があった。
最初に書いたように、その意見は正しいと思う。

でも、単に風船を飛ばしているのなら、賛成するだろう。


7回が始まると、それぞれが風船を膨らませ始める。

年老いた人達は、とても苦しそうに膨らませている。
小さな子供は、ほっぺたをふくらまし、一生懸命に膨らましている。
お父さんは、子供たちの風船を幾つも「はぁはぁ」といいながら膨らませている。
子供たちを連れてきたいるお母さんは、とても辛そうに膨らませている。子供たちが急いでとねだるが、そう簡単には膨らまない。

そんなとき、手伝いましょうかと声をかけるが、
お母さんは遠慮しようとしても、子供は正直で、すぐに風船を手渡してくれる。

力を入れすぎて膨らませた風船は、はじけるものもある。
そんなときの子供たちの、一瞬驚いた後、残念で悲しく寂しそうな表情は、胸が締め付けられる。

それぞれが、一生懸命に膨らませた風船の口をしっかりと握り、
空気が逃げないように、7回の表の相手の攻撃が終わるのをじっと待つ。
相手の攻撃が長引けは、なかなか辛いもの。
子供たちの風船は萎み始めている。

相手の攻撃が終わると、カープの応援歌を皆で大合唱。
こんなに大勢での合唱は、ここだけで味わえる。
球場中が一つになり、年老いた人も小さな子供たちも、
表情がとても明るく、日々に嫌の事も忘れてしまう。

歌が終わると、一斉に風船を放つ。
天に向かって、何千という風船が駆け上る。

我らがカープが、滝を昇っていくように。
優勝を目指して駆け上っていくように。

それぞれは、自分が放った風船を見上げて追いかけている。
誰もが、上を向き笑顔である。
こんなに沢山の笑顔が一度に見れる場所も、ここだけだろう。

子供たちは、自分の風船がどこまでも高く上がっていることに感激し、親に嬉しそうに指をさして自慢している。

年配の人、子供たち、
年に関係なく、一体感を楽しんでいる。

スタンドに笑顔が溢れ、明るい表情の人達の、熱心な応援に、
選手は力を貰っていると思う。

単にゴム風船を飛ばしての、賑やかすための応援ではないと思う。

球場に行って、あの応援をしたいと思う人は、多いと思う。
特に、子供たちは。

大人も子供も、心から楽しんでいる応援だと思う。



7回が終わって、点差が開いていたら、
以前の球場は、通路には帰る人達の列ができたいたが、
今年の球場には、それが見られない。

誰もが、カープの選手を信じ、必ずクライマックス・シリーズを!と
そんな願いもこもった、風船飛ばしだと思う。


応援スタイルは、球場で応援している人達が、
カープの頑張りや周りの状況を見て、それなりに変わっていくだろう。

新しい球場は、線路の近くだから、風船飛ばしはやめようという話も出るかもしれない。

画一的な言葉だけで、応援スタイルの評価でなく、
そのスタイルの意義も大切だと思う。

また、画一的な言葉は、気をつけないと規制に繋がっていく。

環境とかもとても大切なことだけど、そこに存在する人々も思いも大切だと思う。

心あるファンが応援しているのなら、
きっと応援スタイルは、より良いものに変遷していくと思う。

だって、大好きだから応援しているのだから。




posted by やんじ at 19:09| 広島 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | カープ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この話は、紙ふぶきの禁止と関係あります。

紙ふぶきは、その昔応援団の方たちが、少年ジャンプなどの雑誌を印刷屋のカッターで短冊状に切って、一冊分づつゴム止めし、これをひとつ投げるだけで
広範囲に、たいへんきれいに飛ぶ優れものを使っていました。点が入れば、短冊が大雪のように降ってきて、盛り上がったものです。

しかし、この方法は、撒かれる紙の量が半端じゃなくて、外野席は各通路とも、試合のたびにものすごい量の紙ふぶきが積もる有様でした。

ある時期に、(たぶん事業ゴミ有料化の頃だったと思いますが)球団側が、試合後の清掃の手間や資源保護等の理由で禁止に動き、応援団と話し合いを始めたと聞きました。それと相前後して、球場売店で、鯉が昇る形の風船が販売されはじめました。(それまでは、個人が外で買って持ち込んでいた)

こウイ売れ貴市ですが、これをどう思うかは、また、いろいろと思いますが。
Posted by たまー at 2008年07月10日 10:49
応援の方法は、それをやっている当事者だけではないでしょうね。

ゴミ問題もあるでしょうが、皆がとても楽しいでいるのいいことだと思います。
Posted by やんじ at 2008年07月11日 22:28
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/102525145
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。