2008年08月27日

産婦人科医の裁判記事を読みながら

産婦人科医の裁判について、今日の中国新聞に載っていた。

コメントを書かれて医師の言われていることは良くわかる。
間違ってはいないと思う。

子供を生むということは、命懸けのことだろう。
医学が進歩しても、出産に伴う危険は、その確立は減ってもなくなりはしないだろう。

出産後に、産後の肥立ちが悪く亡くなったという話は、
今はあまり聞かれなくなった。

医学の進歩は、命を失うことを少なくはしているが、
すべての命を救うことはできない。

でも遺族にしたら、肉親を失った悔しく寂しく悲しい気持ちを、
どこかにぶつけてしまいたいと思うだろう。

亡くなった人の運命、関わった医師との出会いも運命とすれば、
それで済むようなものでもない。

なぜ、どうして なんで・・・・・
だれも答えてはくれない思いを抱えていなければいけない。

もしこの病院でなかったら、
もし担当医があの人でなかったら・・・・・
もしという言葉が 疑問に変わり 疑惑に変身する。

疑惑は怒りを育ててしまう。


私も母が病になったとき
それまでかかって病院でなく、違う病院でその病は見つけられた。
もう手遅れ。

なぜ今までの病院は見つけてくれなかったのか?
設備は レントゲンも内視鏡も整っているのに。

もう少し注意深く見てくれていたら、もと早くに見つけられたのに。

その病院の診断は、簡単な医学書にも書いているような判断ミス。
でも、それを証明することはできない。

その病院でなければ、その医師でなければという思いは募ってくる。

これも母の運命なのか?
自分が早く気づいていれば。

どうしようもない怒りは、どこにも持って行きようはない。

母が亡くなって十数年、いまだにその病院をその医師を許せない。
当然、自分自身も。


コメント書かれた医師は、今の医師不足や報酬や病院の体制も書かれていた。

厚生労働省は、医師不足については、医師を増やすために医学生を増やすために多額のお金をつぎ込むとしている。


医師不足について、年配の医師と少しだけ話したことがある。

この夏に、広島では医学大学の西日本のスポーツ大会が開かれていた。
そのときに応援に来られていた医学大学のOB。

現在、医学部に入学する学生の半分近くは女性になっている。
大学を卒業し医師になっても、
多くの女性は結婚し子供が生まれたら医師を辞めているとのこと。

大きな病院の勤務医なら夜勤もあり、子育てをしにくい。
小さな子供を抱えて医師を続けるのは、難しい。

家庭と子育てと医師、これらをすべてこなすのは大変なこと。

年配の医師は、医学生をどんなに増やしても、医師不足の解決にはならないといわれた。
今、働いている医師の問題を解決するほうが大切だと。

病院で、夜遅くまで子供の面倒を見てくれる保育園は少ない。
今の病院経営では、そんな保育園を持つことは大変なこと。

厚生労働省は、現場の意見をほとんど取り入れていないのかもしれない。

間違った医療改革をし、病院経営を圧迫させて、人材不足になり、
その結果、病人を苦しめている。


亡くなった人は、厚生労働省の間違った行政の犠牲者なのだろう。





posted by やんじ at 22:24| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 大切なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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