2008年07月03日

85pが、何を示すの?

85pといえば、メタボのこと。

メタボの根拠さえ、世界では正確に証明されていないらしい。


厚生労働省は、この数字の根拠をどんなことから決めたのかは知らない。

専門家ではないから、詳しく調べはしない。

一般の人達と同じような情報で、どうなんだろうと考えてみた。


85cmという数字で、国民はペナルティーの対象とされる。
罰を受けるのだ。

つまり、国民を85pという数字で、犯罪者扱いするというのと同じようだ。

自由な食生活=85p=メタボ=医療費の増大=国に迷惑をかける=国に対する犯罪的行為=罰則


この根拠が正しいとされ、法制化したのなら、

税金で養われている公務員等は、その採用資格に85pを盛り込みべきである。
また、85pをクリアーできない公務員は、懲戒免職にならなけらばいけない。
国に対する犯罪行為なのだから、公務員になってはいけない。

当然、議員も同じである。

公務員が、ペナルティーの対象になるということは、当然に無駄な税金がつかわれるのだから。


85pを基準に色々と考えてみた。

日頃から身体を鍛えて、市民を救う訓練をしている消防士。
鍛えすぎて85pを越えてはいけない。
そうすると、消防ホースなんてもてないから、園芸用のホースで消化活動。生き埋めの人を救う体力もないから、救助活動はしない。

武術を磨き身体を鍛えて、市民を犯罪から守る警察官。
市民を身体を張って守れないから、犯罪者には呼びかけだけ。

どんなときにでも戦えるように鍛えて、国民の命を外敵からまもる自衛官。
重たい武器なんてもてないし、進軍なんてできないから、ゲームで国の存続をかけて戦うしかない。


国技の相撲は、即刻廃止。

税金が使われるスポーツ選手。
オリンピックの選考基準は、先ずは85p。

体脂肪率がほとんど0でも、体格がいいだけで85pの人達は、
子作りの禁止。



・・・・・・・・・・・??????????


厚生労働省が目指す国民の姿は、ETを想像するのは、私だけでしょうか?


国の目指す国民の姿は、頭脳だけでお金を儲け、体を使う仕事は使いしての人材登用。
お金を儲けることができず、病気な人、弱者は、国民にあらず。



身体を鍛え健康に留意していて、病気をしたこともない人でも、
体格がよくって、85pを基準にすれば、病人。

身体の小さな人が、ブクブクのデブでも、85pを基準にすれば、健康な人。



国は、色々な数字で、国民を管理しようとしている。
もっともらしい理由をつけて。

住民票から始まり、
タバコの購入。(なぜ、身分証明書と写真が必要なのか?)
年齢による医療差別。
体格による懲罰。

国民総管理体制、軍事強化、海外派兵、アメリカ軍の増強の受け入れ。

政府は大本営になりたいようだ。


政治家を信じて投票した人は、煮え湯だけでなく毒も盛られているようだ。
政治に興味を示さず選挙に行かなかった人達は、政治家の目論見にはまったようだ。

官僚と同じ利権を共有している政治家は、いらない。












posted by やんじ at 19:10| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月29日

理解と支持がなんになるの?

北朝鮮のテロ指定の解除になるみたいですね。

ボロボロの使い物にならないような各施設を破壊したからって、
だからどうしたんでしょうか?

廃墟を破壊してアピールをまともに報道するのも、情けない。


福田総理は、各国に拉致被害の問題を話し、日本の立場を話し、
理解と支持を得たと、
だからアメリカ大統領の有終の美を飾るためだけに結論を急ぐ、
テロ指定の解除もやもえないと。

ブッシュも気に掛けている?

だからどうしたの????


理解と支持が、外交でどんな意味があるのだろうか?
社交辞令でしかないのでは?

日本の立場と考え方には、理解し支持します・・・・・・・が



でも、私たちは自国の立場で行動します。
でも、日本の拉致被害者は可哀そうだけど、自国が核攻撃されないのを優先します。
でも、核は自国だけが保有すべきで、他国が保有しないですむ方法を優先します。
でも、でも、でも・・・・・・


本当の外国は、相手国の実質的な行動を約束させて価値があるのではないだろうか?


日本の立場や行動を理解し支持します。
そして日本に協力します。支援します。


アメリカが六カ国協議や、核の問題で、テロの指定を解除するならそうすればいい。
でも、日本は国として従う必要も無く、核問題より最優先されるのは拉致被害者の生命であると思う。


北朝鮮が核を使うことってあるのだろうか?
あの指導者は、使うことにより自分の立場が失われるのに、使うだろうか?
軍人が暴走して使うだろうか?


日本は、日米安保条約があるのだから、
日本の領土を侵犯して日本人を拉致したのは、北朝鮮軍なのだから、
アメリカに強くいう義務も権利もあると思う。

日本人が他国の軍隊に、生命を奪われ命の危機にあるのに、
なんら行動しないのなら、
年間何千億円と支払っている子飼いの外国の軍隊の存在理由はないだろう。

軍事力という暴力で、日本からみかじめ料をとっているだけではないだろうか?



アメリカがなんと言おうと、拉致被害に対しての実質的な行動をアメリカがしないのなら、
「だからどうしたの?」とくらい言えばいい。

アメリカに北朝鮮に言わせればいい。
テロ指定は、核問題で解除をするけれど、
拉致被害の問題は、日米安保があるから、アメリカは日本の要請があればすぐに行動する準備はできていると。

それぐらいいわせることのできない、
日本政府と外務省は、日本はアメリカの従国の立場でしかないと思っていのだろう。

国民の命を最優先すべきであるが、今の政府や行政は、
国内では福祉で、国外では外交でないがしろにしているのではないだろうか?



posted by やんじ at 21:24| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月27日

コンビニと温暖化対策

コンビニの深夜営業をやめれば、CO2の削減になり温暖化対策になると言われている。
コンビの業界は、反発しているが、
正論はコンビに業界だと思う。

政治家が、コンビの業界に献金を多くするようにとの圧力に思ったのは、
私ぐらいでしょうか?


コンビのの深夜営業をやめれば電気代の削減ができ、
その結果としてCO2の削減につながるとの考え方なのだろうが、

本当にそうなるだろうか?


電力会社は、深夜の電気代を安く提供している。
なぜなら、発電した電力より使われる電力が少なすぎて、電力を破棄しているから、破棄するくらいなら安くてもいいから。

家庭でも、電気で沸かすお湯は深夜電力。
電気代が安くお徳といっているが、むしろタダでもいいくらい。

発電施設が、簡単に発電量の調整が細かくできないから、日中の発電量を目安にして発電しているから、夜間は余ってしまっている。
大容量の電力を安価に蓄電する技術がまだないのだろう。
だから、深夜電量の利用方法に苦慮していると思う。

今回の、コンビにの深夜営業をやめることによって、
深夜の発電量を下げることができるのなら、CO2は削減されるかもしれない。
または、発電施設を深夜に一部停止するのなら、そうかもしれない。

でも、両方とも無理だろう。

ならば、コンビニの深夜営業をやめても、使われる電力は減るかもしれないが、
その減った電力量で計算されたCO2も、減ったように思えるかもしれないが、

おおもとの発電量が減らないのなら、CO2は減らないのではないだろうか?



地球の温暖化の原因をCO2の削減だけで、主に議論されているが、
どうなんだろう?


地球の気温は、地球の地熱と太陽からの恩恵で成り立っている。
そのバランスで、生命を維持しているのだろう。

現代社会にでは、自然からの温度以外に、機械的に温度変化をさせている。
エンジンの発熱、火力や原子力による発電などや、
エアコンによる、温度の置換。

街中では、年から年中、車のエンジンの温度や、巨大なビルの温度置換が行なわれている。
ヒートアイランドといわれる原因なのだろう。

エアコンにより巨大ビルでは大容量の空気が冷やされ、
その代わり、それにみあう温度エネルギーが外に排出されている。
街中の、温暖化の原因だろう。

発電では、火力や原子力が主になっていて、
火力発電では、燃料を燃やすことによるCO2の排出と、
お湯を沸かしてタービンを回して発電しているから、その発熱での温暖化。

原子力発電では、CO2はでないだろうけど、劇物の処理のできない放射能が生まれている。(すべての生命を脅かす)
また、原子力発電も、お湯を沸かしてタービンを回し発電をしているのだから、発熱による温暖化。

地球の温暖化は、CO2の削減が一番大切なら、人口を減らせばすべてが解決するのではないだろうか?

でも、それは人道的に良くないだろう。

地球の温暖化対策は、緑化の推進。
発展途上国や砂漠の緑化を早急にすべきであろう。
そのための、技術開発や資金の提供のほうを具体的にすすめるほうがいい。
CO2の売り買いのことが目に付くが。

また、発電でも風力や水力発電の見直しも必要ではないだろうか?

発展途上国などに風力発電施設を作り、電力による炊事を進め、
森林の伐採を防ぐ必要もあるだろう。

水力発電は、大規模なダムだけじゃなく、高低差を利用した規模の小さい水力発電所の見直しも必要ではないだろうか?

鉱物資源を利用した発電は、輸入とかの限界があるだろうから、
その場所の自然を利用した、発熱を抑えた発電を増やすほうがいいと思う。

太陽光発電も、もっと増やす必要がある。


かって、これらの発電は、経費がかさむから敬遠されたが、
今の石油事情などを考えると、将来的には反転するかもしれない。







posted by やんじ at 18:57| 広島 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月21日

アメリカ大統領の有終の美のために

久しぶりの記事の更新です。



高い目標に向かい、その過程をクリアーし、自信と力にみなぎっていく。
その人は、とても輝き、羨望の的になる。

その人の表情は、とても明るく周りにいる人達にも、やるきと元気を与える。

そんな人を、先日中新地で見かけました。

その人は、バレーボール全日本男子主将・荻野正二。

とても輝いていました。





話はごろっと変わって、
北朝鮮への制裁解除の話題がでている。

北朝鮮からの拉致被害者への対応の見直し?の状況によって、
北朝鮮への制裁を解除していくとか。

なぜに、今の時期になって北朝鮮は、この話題をだすのだろうか?

六カ国協議において、日本の拉致問題は、協議の進行の妨げになっている。

しかし、日本としては、拉致被害の全面解決無くして、核問題が解決しようが、北朝鮮への対応は変える必要も無い。

ここにきて、北朝鮮の信頼の無い発言で、制裁の解除の動きが出ている。


早急に拉致被害を解決するのが、核問題より先に解決すべきこと。
なぜなら、生命の危機が押し迫っているかから。
核問題が一年延びることより、命のほうが大切だと思う。



アメリカ大統領のブッシュの政権は、もうすぐ終わる。

政権が終わる時期には、その政権の評価が下される。

彼の政権は、何をしたのだろうか?

国内では、テロリストの攻撃を許し、
世界をも巻き込み、アメリカへのテロが世界にも行なわれるような、
世界を恐怖に引き込んだ。

経済では、サブプライム問題で、世界経済を混乱させた。

外交では、テロという名をもちい、戦争を始めたが泥沼状態。
また、戦争の会戦理由がこじつけだった。

ブッシュは、アメリカ大統領としての功績が何も無い。

むしろ経済を混乱させ、石油戦争の泥沼化で、石油価格の高騰を招いただけだった。

ブッシュ政権は、終焉に向かい何らかの功績を残す必要があるだろう。

功績の可能性があるのは、北朝鮮問題ぐらいしかないのではないだろうか?

北朝鮮の核放棄と国交の正常化。

これをまとめることしか、残されていないだろう。


ブッシュ政権の利益と北朝鮮の利益の邪魔をしているとすれば、
日本も拉致問題だけだと思う。

拉致被害者の解放より、両国の利益が優先されるのなら、
北朝鮮の拉致の解決の話は、意味の無い言葉だけで、実行はともわないだろう。

日本政府が、日本国民を見捨てるための理由を作ってあげればいいだけだろう。

アメリカの意思は、密約や表現が無くても日本政府にはわかったいるだろう。
北朝鮮も、理解しているからこその行動だろう。


日本政府は、ブッシュの優秀の美を飾るために、
日本人拉致被害者を見捨てようとしているのではないだろうか?

今の日本国家にとって、国民は納税額の多さで価値評価していると思う。
ならば、拉致被害者は、必要のない国民と評価されているのではないだろうか?
北朝鮮の拉致問題は、めんどくさいとしか思っていないのではないだろうか?


北朝鮮の拉致問題は、日米安保に関る問題だと思うが、
今までそのような話は出ていない。

日米安保は、日本のアメリカへの従国のためだけにあるのではないだろうか?
だからこそ、アメリカ大統領の利益が優先されるのではないだろうか?





しばし、休眠








posted by やんじ at 21:19| 広島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

刷り込み

洗脳は、今までの常識や考えを洗い流し、新たな常識や考えを植えつけていく。
すべてを洗い流すことは難しく、新たな間違った常識を疑う気持ちは少しは残るかもしれない。

幼児期に刷り込まれたことは、そのまま心の奥に残っているだろう。

昔話では、悪者は懲らしめられているだけだった。
そこで学ぶのが、善と悪。



ゲームでひたすら相手を殺す、
沢山殺すと高得点になり、誰もからも尊敬される。

漫画では、相手を殺す。
いかにも正義のようなフリをして、相手をとことん痛めつける。


幼少のころからこんなゲームばかりして、こんな漫画ばかり読んでいる。
躾で、ゲームや漫画によって刷り込まれた人殺しをする行為は、
修正され去勢されるだろう。
でも、まともに躾けられていなかったら、刷り込まれたものはそのまま残るだろう。


大人になって、感情をコントロールできなくなると、
刷り込まれたものが、自然な行為として行なうことができるのだろう。

現実でないことでも、幼少のころに刷り込まれたものなら、
感情のコントロールを失うと、現実とゲームの区別ができなくなるのだろう。


殺してみたかった、世の中が嫌になった、
だから、人を殺す。

人を殺す行為は、高得点になりまわりに認められたゲームの世界と重なる。

ひたすらゲームをしていても、親にもとがめられなかったなら、
人を殺す行為は、とがめられないこと。

子供の自主性を重んじて、ゲームをとがめない。

自主性なんて、かってに生まれてくるのもではない。

躾や教育や経験や学びで、少しずつ生まれてくる。
それを大人が、よい方向に導いて、本当の自主性が生まれる。

ゲームばかりしていて、躾もなければ大人の指導もなければ、
生まれるのは、自分勝手。


人を殺してみなから認められ、自分勝手な行いを自主性と勘違いしていれば、
だれでも構わずに、人を殺すだろう。

ゲームが人を殺すことによって、新たなステージになるのだから、
問題可決の方法は、ひたすら人を殺すこと。
そうすれば、今の問題から解放されて、ステップ・アップした世界に進むことができる。

こんな人と、同じ世界で社会で一緒に暮らしたくない。
こんな人に、更正して欲しいとは思わない。
こんな人が、社会復帰することはゆるせない。
こんな人は、この世に存在する必要は無い。

こんな人を作ったのは、まぎれもなくその親だ。


posted by やんじ at 06:02| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月28日

加害者のCM

自民党の沖縄限定の
後期高齢者保険制度のCMが話題になっている。

元自民党議員の浜田幸一が、このCMの主役になっている。

高齢者が政治の被害者なら、彼は立派な加害政治家の主犯格だと思います。

今の健康保険の問題も、年金の問題も、

地震のように突然に起こったことではないのですからね。


浜田幸一たち自民党の政治家(民主党の中もいるけど)が、
利権とお金まみれの政治ばかりしてきて、

国民の命をないがしろにした結果が、今にあるのだから。


自民党が、その政治家が行なった結果の責任を、
国民になすりつけていると思います。



国民の命を大切にしなかった政治家が、
国民のためとほざいているが、

無差別殺人をした加害者が、隣人を大切にしましょうと言っているように聞こえるのは、私だけだろうか?


自殺する人達が3万人以上いると報道されていたが、
この後期高齢者保険制度で、増えるのではないかと思います。

また、病気になっても病院に行けずに亡くなる人も増えるでしょう。

浜田幸一が、後期高齢者の対象年齢だといっても、十分なお金をもっているなら、命はお金で買えます。

年金暮らしで、細々と生活している人には、命を買うお金がない。


老後は、年金と保険で、豊かに暮らせるといっていた政治家

それを信じて、戦後の日本を復興させ、豊かな日本を作ってきた人達

何十年も政治家に騙されてきた。

何十年もかけて国民の命を削ってきた政治家。

その政治家の一人である浜田幸一の言葉には、意味もなく重みもない。

わざわざCMを作って、でたらめを言うのは止めてほしい。


政治家だけが悪いのではないことも大切。

そんな政治家を選挙で選んできたのだから、
選挙を棄権してきたのだから、

その結果でもあることも重要だと思う。


この後期高齢者保険制度のターゲットと言われている人達は、
約40年前に、政治と戦った人達ではないだろうか?

40年かけて、政治家にそのときの責任を取らされているようにも映る。

この人達は、怒りもしなければ、何も行動もしていないように思う。

仕方がないのかもしれない、

40年間、つまらない政治家を選んできたのだから、
40年間、政治より、仕事ばかりしてきたのだから、
40年間、日本のことより、個人を優先してきたのだから、

その結果が、「仕方ない」と思うようになってしまったのだろう。
そして、自分だけは大丈夫だから、他人はどうでもいいのだろう。

そして、子供たちに夢も将来もない日本になることになろうとも、

自分たちには、責任はない。
悪いのは政治家だと、責任転嫁するだけだろう。

自民党などの政治家と同じ。

すべて他が悪い、自分には関係はないと。

40年かけて学んだことは、「沈黙は金なり」なのでしょうか?


40年前には、ヘルメットと角材と投石で戦っていたが、
今は、個人でブログというメデァで戦えると思う。



「沈黙は、いいなり」


posted by やんじ at 15:35| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月14日

住基ネットの経費は、捨て税金

住基ネットのカードの普及率が、低迷というか、
まったく普及していない。(参考中国新聞

だれも使わないといっていい、システムに無駄な税金を使っている。

日本中で、どれだけの人が利用しているのだろうか?

住民票がある地域外で、何枚の住民票が交付されたのだろうか?

もしかしら、数千万円の経費をかけて、一枚の住民票の作成をしているのことになってはいないだろうか?

必要な理由も曖昧なままに始まった、総務省のシステム作りのために、
無駄な税金が使われているのではないだろうか?

この住基ネットについては、櫻井よしこさんのブログに、こんな記事が載っていた。こちら

いつでも、何をやるときでも、行政の役人は、効果を言う。
経済効果や住民サービスなど。
始めるとき言った効果の、結果の検証報告を聞いたことはないし、
新聞等で発表しているのを読んだことがない。
(もしかしたら、発表しているのだろうか?)

今回の新聞記事で、住基ネットの必要性に論議が発展しなかったのは、残念だし、記事を読んでそのような方向性も感じなかった。


官僚主体の、行政やインフラ整備やその他もろもろは、
まず、やりたいことを決め、その後にいかにも効果があるような数字等を意図的作っていく。

結果は、ほとんどが赤字や効果なんて現れていないように思える。

行政の、特に利権の絡む官僚などが使う言葉や数字は、ウソではないだろうか真実ではないように思う。

無駄に浪費する住基ネットの経費。
つまり税金。


住基ネットだけでなく、
今話題になっている、道路行政もそうではないだろうか?

国が決めている道路の規格は、何を基本に決めているのだろうか?

生活のため、安全輸送のため、経済効果。

理由は、色々とあるだろうが、

もしかしたら、道路を作るための1mあたりの単価から先に決めてはいないだろうか?

単価から決められた道路を作り、道路を作る経費を計算し、
それによる効果を都合の良いように考え、
道路の必要性を主張する。

作られる地域に必要な道路というより、不必要に大袈裟な道路を作っているのではないだろうか?


都合のよい根拠をあげ、地域に関係なく決められた規格の大袈裟な道路を作り、そのためにお金が必要だから、税金を徴収する。

まったくでたらめな行政は、官僚と政治家の利権のために行なわれるといってもいいのではないだろうか。

道路が必要なら、その地域にたいして適当な企画の道路をつくれば、
無駄な税金は使われないだろうが、そのぶん利権は減るだろう。


命を守る医療費に、無駄なものはないだろう。
医療費が増えたから、そのための対策は、個人負担にする。
国には、福祉という考えはないようだ。

利権を得るための道路行政には、無駄な税金を使い、
足りないからといって、新たに課税しているのに。


命にために使われるお金より、無駄な大きさの企画の道路を作るほうが重要なようだ。



アスファルトの石の一粒一粒は、病気を治す薬より大切なもの。
無駄に表示される安全地帯に白い線は、包帯よりも大切なもの。
高速道路の高架は、病院を作るよりも大切なもの。
料金所で車のナンバープレートを読み取る装置は、MRIより大切なもの。
ETCですばやく料金所を通るシステムは、救急患者をすばやく病院に搬送するシステムより大切なもの。



無駄な企画の道路がつくられるたびに、感じなくてはいけない。
その無駄な部分は、その地域で暮らす人達の命と引き換えに作られていると。









posted by やんじ at 21:53| 広島 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月02日

しっぺかえし

ガソリン代が、値上げされました。
4月の月末には、GSに長蛇の列です。

値上げされる前に、少しでも安い価格での購入ということでしょう。

それはそれでもいいと思うけど、
でも、どうなんでしょうね。

どんなに頑張っても千数百円程度でしかなのではないだろうか?



携帯電話代として払う金額に比べたら、僅かでしかないのでは?
高すぎる携帯電話代に、だれも疑問を感じないのだろうか?

子供に携帯電話を持たせることで、子供の安全が守られるなんてことはあるのだろうか?
もたせて役に立つのは、事件に遭った後の、警察の捜査でしかないような気がする。

子供の安全を守るのは、地域の温かい目だけではないだろうか。




暫定税率で使われる道路整備にしても、
後期高齢者医療にしても、

すべてでたらめな国の運営のつけを、払わされている。


道路整備が必要な地域はある。
でも、不必要な高規格道路を作る必要もない。

でたらめな使い方をしていたことが、慣習化されて、そのまま必要な税収ということになっている。

使う人達の使い放題。
全ての税金が、一部の利益を受けている人達のための打ち出の小槌。



政治に無関心。
選挙にも行かない。

組織のため、会社にため、宗教団体のために投票をしてきた人達、
その行為は、何の役にたったのだろうか?

個人になって、見捨てられている今の政治。


個人として、自分の将来、子供たちの将来を考えずに投票をしたから、
政治に対する批判と称して、選挙にも行かなかったから、

国民は、すべて従属民にされている。


政府やマスコミの言っていることに対して、
大人の対応をしているように見えるが、
実は、従属されていることに気づいていないように思う。


自分たちの権利の使い方を、間違っていることにも気づいていないように思う。

しょうもないことに権利を使い、大切なことでは放棄している。


本当に仕方がないことだろうか?

仕方がないと思うことで、自分の命を危険にさらしている。


もっと、怒るべきことは怒り、
すべきことをしないと、

自分たちの将来は、何もなくなってしまうような気がする。

自民はでたらめ、
民主は自慰的な政治。

政治が行なっていることに対して、大人のような理解ある意見を言う人達は、自分自身がすでに見捨てられていることに気づいてはいないような気がする。






posted by やんじ at 21:51| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月28日

ゆるすことのできない理屈

人はそれぞれ理屈を持っている。
個人のあれば、数人が集まっての理屈、
そして会社にも、それぞれ理屈ががる。

その当事者にとっては、正当な理由であろう。

社会は、その理屈がぶつかりあっている。

そうすることによって、それぞれが納得できるものができあがるのであろう。


後期高齢者医療制度が作られた理屈

高齢化社会、医療費の高騰などの理由から、高齢者にも医療費の負担をさせる。
自分の医療費なのだから、その一部を負担するのは当たり前であるという理由。
若い人に高齢者の医療費を負担させるのは、不公平。
等など・・・・・・

もっともらしい理屈が並べられている。

政府や厚生労働省、テレビでのコメントを聞くと、当然のように語られている。
この制度にはなにも問題はなく、政府等の対応が悪いという意見が多いように思う。

先日の山口での衆議院の補選の結果をみれば、この制度に対してNOとい答えがでたと考えられるだろう。

そもそも、この制度が作られた理屈にとても不満があるし、納得はできない。

自分の医療費を負担するのは当然。
若い人に全て負担させるのは、可哀そう。

この理屈は、もっともらしそうだけど、責任転嫁のために作られた理屈だと思う。

医療費の高騰は、先端医療をするのなら仕方がないこと。

自動車の価格でさえ、20年前に比べてずいぶんと高騰している。


医療費の高騰や高齢化社会に対して、無策を繰り返し、
自らの懐を肥やすための政治・行政をしてきたからこそ、
今があるのではないだろうか。

今、この制度の対象になっている人、またもうすぐ対象になる人。

この人達は、どんな人生を歩んできたのだろうか。
個々の人生でなく、日本という国に対して、どのような貢献をしてきた人達だろうか。

先の大戦時では参政権はなく、戦争の被害者だろう。

戦後日本が行なった、被害国への賠償金の支払い。
軍人への恩給(軍事年金)。
戦争で怪我をした人達への治療費。
戦後のインフラ整備のためのお金。
年金制度が始まったときの、年金受給者に対する年金(高齢者に対する負担)。
高齢者の医療費。
発展途上国へのODA。

これらのお金を負担してきた人達。

戦争責任は、政治家にある。
でもその責任を負わされたのは、戦後日本の復興・発展をになってきた人達ではないだろうか。


いま、私たちが豊かに過せるのも、この人達のおかげではないだろうか。

その人達が高齢になったからといって、簡単に負担させていいのだろうか?

先人たちに、感謝の気持ちをもてない社会に、未来はあるのだろうか?


高騰する医療費を負担できる税金は、
行政が契約する、随意契約をやめれば、ある程度は補えるのではないだろうか?

政治家の責任を取るべきで、政治家の経費の削減、議員の削減。
官僚等の給与の削減。
政党助成金の廃止。
アメリカ軍に対するお金の大幅削減。


命より、お金を大切にする政治。
命より、大量殺戮を繰り返すアメリカ軍を大切のする政治。
命より、マネーゲームに税金を使おうとする政治。
命より、自身の利益のために行なわれる政治。

日々繰り返される、悲惨な事件は、
この政治が社会という鏡に写し出されたものかもしれない。


命を、人を大切にできない社会には、明るい未来はないだろう。



広島ブログ











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2008年04月22日

生かされる

自分が、どうして生きているのか、どして生かされているのか、
わからない。

人が亡くなったときに、この世の務めが終わったから、
仏のもとへ、神のもとへといわれる。

自分のこの世の務めってなんだろうと考えることがある。

色々な面倒なことが、旨くいかないことが、解決しにくいことが、問題が重なると、生きていることが、わずらわしくなることもある。

自分が負った責任を、まっとうすべきことはわかる。
でも、それ以外は、良くわからない。

子供がいれば、その授かった命に対しての責任があり、
その命を大切に育てる義務もあるだろう。

社会貢献といっても、自分でなければいけないということもない。


ただ単なる、生きていたいとい自己欲求ぐらいしかない。

生きている、生かされて意味を考えないで、
自己の欲求のままに生きていると、何が大切か見えないのではないだろうか。

生きるということは、とてもめんどくさいこと。

身体の管理をしなければいけない。
   食事をしなければいけない、身体を綺麗にしなくてはいけない、   病気と闘わなければいけない、身体を休めなければいけない、

また、気持ちの乱れ、心の乱れ、考え方の乱れ、
その乱れを修復するために、たくさんと悩まなければいけない。

気持ちが良い方向、最悪の方向
心が心地良いとき、沈み込んでいるとき
考え通りに物事が運ぶとき、考えてても結論が見えないとき

プラスとマイナスの状況を、上手にコントロールできないと、
最悪の行動さえとってしまうのであろう。


精神的なことは、育てた人、育った環境に左右はされるだろうが、
自分自身で、自己を管理する責任はあるだろう。

自分が行なったことは、自分で責任をとらなければいけないと思う。
教育とか、環境とかに、その責任をなすりつけてはいけないのではないだろうか。


光市の母子殺人事件、死刑に判決が下った。

死刑制度そのものは、いろいろな意見があるだろうが、
死刑という制度は、人が人の命を絶つという行為だが、
その行為の正当性を除いて、

人の命を奪ったものが、自らの命で責任を負うことは、仕方ないかもしれない。

環境とか色々なことが書かれているが、

「自己欲求のおもむくままに、性欲を満たすために、騒ぐから母を殺し、うるさいから子供を殺した」

これだけのことで、後から加えたうんぬんは、責任転嫁をどれだけ他にするかでしかないと思う。

殺人という重い罪をしたにも関らず、
いつも思うのは、育った環境とか、教育とか、精神的なものが重要視されているように思う。
確かにそうかもしれないが、同じような環境・教育であっても、殺人を起こさない人は多い。

どうして、殺人事件は、その責任を他のもに転嫁しようとするのだろうか?

話は違っているかもしれないが、
会社の経営者は、会社が倒産しとき、
また普通の人が、職を失ったとき、
もし、借金があれば、それを返す義務がある。

円高・円安、燃料費に高騰、物価の高騰など、
また、会社の倒産や一方的なリストラで職を失う。

自らがどうしようもないことで、収入を得ることができなくなっも、
返済をしなければいけない。

だれも、環境にせいにしてくれて、返済金額を軽減してくれることはない。
その支払いのために、命を削って、あるときは命を絶つ。

自己責任も義務を果たすために。責任転嫁はできない。
たとえ周りの状況のためとはいえ。



死刑という、人が人の命を絶つ制度

無期という、無期限という意味じゃなく、刑の大きさが確定されていない曖昧な制度

死刑と無期の隔たりの大きさ

犯した罪に従っての刑期なのに、真面目にしたから軽減されること

刑期の終了と更正ができたことが、同じじゃないこと


罪を犯した人を、どのように、どうやって、どのくらい、
周りと隔離(命を絶つか)するか。

死刑制度だけを問題にするのでなく、全部を見直す必要はあると思う。


簡単に人を傷つける人、簡単に騙す人、そして人を殺す人、
そんな人達と、刑期が終了しようとも、更正ができていない人達と、一緒の地域で暮らしたくはないものです。







posted by やんじ at 19:12| 広島 | Comment(4) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月16日

私案「SPAMメール対策」

毎日のように、SPAMメールが送られてきます。
うんざりです。
ほとんどが、yahooのメールを使ったものです。

SPAM.JPG


いくら受信禁止アドレスにしても、きりがありません。

yahooメール全てを禁止にすればいいのでしょうが、必要なメールもあり、困っています。

yahooメールは、yahooが登録を許可したものですね。
ならば、不快なメールを送る人(団体)等の規制をするのは、
yahooの責任があるのではないでしょうか?

しかしなが、yahoo自体に対策をしているようには思えません。

携帯電話のメールにも、迷惑メールが届くと聞きますが、
auでは、ほとんどありません。

たしか、対策として、一度に大量メールを送る規制をしていたと思います。

無差別に送りつけてくるSPAMメールも、yahooが規制や登録制にすればなんとかできると思います。

受信している人達は、ほっているからでしょうか?対策をしないのは。


私は、仕事から帰って、メールチックをするときに、
大量に送られてくるSPAMメールのために、メール受信に時間がかかり、
また、削除の手間に追われるのは、嫌です。

そのためには、yahooに現状を知らせ、
そのためにかかる手間について知ってもらったほうがいいと思うのです。

まあ、私のタワゴトですから、する・しないは別にして、対策を考えてみました。

現状の報告としては、SPAMメールの内容等を添付ファイルにして、
yahooに送る。

手間については、手間賃の請求をyahooにしする。

手間賃の根拠としては、1件のメールに関る時間に対しての時給を計算し、そう合計を添付ファイルに記載されたメール件数で計算する。

例えば、受信時間がけっこうかかります。
当然、ウイルスソフトを使っているからですが、
ウイルスソフトでのウイルスチェックは普通のことなので、その所要時間を用いいります。

次に、必要なメールとSPAMメールの判断をしての削除時間。

なんだかんだと、3〜5秒くらいは、1件のメールのかかるのではないでしょうか?(使っているPC等で違うでしょうが)

広島県の最低賃金(時間当たり)の一番低いもので、732円です。
秒あたり0.2円になります。

SPAMメールに対して、3秒かかるとすると0.6円ですね。
一日10件だと、6円です。(最低の条件での金額だとは思います)

たいしたことは、ないですね。

でも、金額以上にうっとうしいです。不快です。

精神的な損害に対する金額は、含んではいません。

ただ単に、手間賃だけですね。

受信したメールを添付して、その手間賃をyahooに要求する。
yahooに対して、事業での責任を考えてもらう。


こんなことをしても、法的には、まったく無駄かもしれませんね。

一人では、無視されるでしょうね。

でも、多くのネット利用者が、同じようにyahooに対して、
このような、お願いメールを毎日送ったなら、対策をしてもらえるかもしれませんね。

一人で送る、手間賃や添付ファイルの大きさは小さいけど、
多勢で送ると、それなりの無視できない状況になると思います。


ネットだから、仕方ないと思うのは間違いですし。
ネットだから、何をやっても構わないというもんでもないと思います。

学校の闇サイトにしても、人殺しを請け負うサイトにしても、
サーバーを使わせている人(団体)、
メールアドレスを提供している人(団体)、
また、それらを使うことのできるサイトの運営者、
全てに、責任はあると思います。

表現の自由と何でもありは、まったくの別問題だと思います。

社会的な責任は、どんなことにもあると思います。


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posted by やんじ at 20:04| 広島 ☔| Comment(10) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

命を預かるという二つの記事

一つは、「便名を呼び間違えてくらいで罪に問われるのは間違い」
もう一つは、「命が尽きるとも、ブレーキをかけていた」

CA340877.jpg

飛行管制官の仕事は、飛行機が安全に運行するために管制する仕事。
飛行機に乗っている乗客を安全に運ぶ飛行機を安全に誘導する仕事。
だから、乗客の命を預かっている。

バスの運転手は、乗客を目的地まで運ぶ仕事。
当然、一番大切なことは乗客を安全に運ぶこと、そして快適に時間通りに目的地まで運ぶ。
乗客の命を預かっている。


民間の仕事では、特に客商売では、言葉使いが命取りになることがある。
ほんの些細な言い回しでさえ、捉えた人によっては不快になる。
そのことによって商売が旨くいかなくなり、仕事を失うこともある。
これは、客商売に限らず、心のこもっていない一言が社会問題になることは多々ある。

「ちょっと便名を間違えたくらい、たいしたことじゃない」
「そのために、ちょっと怪我をしたくらいで罪に問われるのはおかしい」
「ちょっとしたミスぐらいで、いちいち罪を問われたのでは、仕事なんてできない」
「これくらいのミスで、罪を問われたら、管制業務がなりたたない」

なんとも、情けない発言ではないだろうか?
この人達に命を預けることはできない。
人の命を預かっているという気持ちは、まったくない。

かって政治家が、
「公務員や官僚に、ミスしたことに責任を負わせたら大切な大きな仕事ができなくなる」と言ったことがある。

官僚や公務員が、なにをやっても許される、
自分勝手な法律を作り、私服を肥やしても構わない。
税金を、福利厚生という名を利用して、贅沢に使っても構わない。

この管制官の考え方と今の行政職の考え方は、本質が一緒だと思う。

命を預かっていることなど、それがとても重要なこととは思ってもいない。
自己利益の発言であるのに、それを仕事のためのように発言している。


人の命より、行政をうまく仕事するほうが大切。


それに比べ、
このバスの運転手は、トラックから外れた大きなタイヤが直撃したのに、そのために命を失ったのに。
乗客の安全のために、命を守るためにブレーキをかけていた。

命を預かって仕事しているという強い気持ちがなせたことだろう。


人として、正しい行いをしている人。
物事の重要なことを理解している人。


人として、自己保身にばかりしていて、他に思いやれない人。
物事の本質を理解できずに、利己的な人。


同じように命を預かっているのに、
バスの運転手の収入は多くはない。
でも、管制官はどうだろうか?

仕事はどちらがきついだろうか?

二極化する日本の将来は、
弱者の命の切捨てと強者の自分勝手になっていくのであろうか?

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2008年03月27日

郵便はいつ届くのか?

先日、定型郵便を送るために東郵便局に行った。

配達日は翌日、配達場所は広島市の中区。
郵便局に行ったのは、夜の9時半過ぎ。

当然、翌日には届かない。

でも、とりあえず聞いてみる。
(無理と思っても、とりあえず聞く。自分で勝手に判断せずに、聞いてみる。いつものこと。)

や  「明日とどきますか?」
郵1 「無理です、あさって以降になります」
や  「速達にしたら届きますか?」
郵1 「明日以降になります」
や  「明日以降ってどういうことですか?明日には届かないのですか?」
郵1 「はっきりしたことは、申し上げることはできません。保証するようなことは申せません」
や  「速達のしてもあさってになるということですか?普通に送ってもあさってに着くこともあるってことですか?速達の意味はないんじゃないですか?」
郵2(少し年配)

郵2 「こちらで集めて、配達するのは中央郵便局になりますから、こちらではなんとも言えないのです」
   「速達なら明日届きますよ」

とここで若い郵1が郵2に進言する。
「届け日を告げることは、言ってはいけないことになっている」

郵1は、上からのお達しのとおりの発言をしているが、この言葉に郵2は(何を言っているじゃ?)って顔つきになる。
今までできていたことがなんでできんのじゃ!って感じでした。

郵2「中央郵便局にお持ちになれば、速達で必ず届きます」

と教えてもらった。

中央郵便局に行くと、速達なら明日必ず届きますと言われた。

東郵便局のことを言うと、あやまられていた。


郵政が民営化したから、こうなったんだろうか?
それは違うと思う。

現場で働いている人達は、言葉使いも対応も凄く良くなってきている。
接していても気持ちがいい。
お客様を大切にする気持ちが現れている。

でも、このような指示が現場にでるのは、幹部の問題なんだろう。

お役所仕事には、責任とう文字はないように思える。

でも、民営化され幹部には責任とい義務が生まれてしまった。

ならば、責任を負わなくっていい方法を考えているんじゃないだろうか?

配達日を特定しなければ、いつに届こうと責任は生まれない。

お役所仕事のときの郵便物は、特定した日に届かなくっても、
配達した現場だけの問題で、幹部には責任は生じなかったのだろう。

民営化されても、幹部には特権がいまだに残っているようだし、
権利はあっても義務はない状態にするために、
ことなかれ主義を守っているのかもしれない。

普通の配達会社は、配達日はもちろん、配達時間までも決めれるサービスがある。

なのに今までできてきたことができなくなった郵便。

東郵便局の人は、中央郵便局の人の仕事を信頼できないから、
配達日をちゃんと言えないのだろうか?

組織として制度として、まったく成り立っていないように感じた。


郵便の現場の人達の給与は、安いといっていいと思う。
だけど、高給の幹部たちの考え方では、郵便は破綻するのではないだろうか?

街にあるポストに投函した郵便物は、本当に全て届くのだろうか?

内容証明郵便ってのがありますが、郵便局では投函したという証明書を貰っておく必要があるのかもしれない。

重要書類なら、なおさら。


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posted by やんじ at 14:42| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月23日

医者が足りない

医師の国家資格は、医療の一般的な常識が理解していれば、合格できる。
内科とか外科とかは関係無しで、合格できたらどのような種類の医師になろうが構わないといってもいい。
ただし、実際に勉強をしてた専門分野の医療をするのは、無謀だしわからないことだらけだろうから、できる医療行為は限定されるだろう。

私は、日本では医者になるには、医科大学に進む方法しか知らない。
他の方法があるのだろうか?

医科大学に進むには、かなりの勉強ができないと入学はできない。
医療に関係ない勉強も必要になる。

勉強ができる人と賢い人と医療のできる人は、必ずしも一致はしないだろうけど、勉強ができるということで、安心はできる。


医師免許を貰えば、医療行為が旨い下手に関係なく、
やろうと思えば、どんな医療行為もできるのであろう。

医科大学も普通の大学も、入るのは難しい。
普通の大学は、卒業するのは簡単で、内容が伴わない学士は沢山いる。

でも、医科大学は、大学での勉強はとても大変だと思う。

医師になるためには、どうしても医科大学でなければいけないのだろうか?
30代40代もしくは50代になって、医師のなることはとても難しいだろう、大学に進学することが医療の勉強をする前に大きな壁になっているから。

医科大学に進み、医師の免許を取得しても、
実際の現場で自分の限界を知ったなら、医療の道をあきらめる人もいるだろう。

医科大学に進みたいが、お金がなくあきらめる人もいるだろう。


多くの地区で、医師不足が言われている。

医師になる道として、専門の医科学校があってもいいのではないだろうか?

地方自治体が運営する病院や、大きな病院の関連として、医科学校ができてもいいのではないだろうか?

入学を難しくすることでなく、学校で学ぶ医療について厳しい学校ができてもいいのではないだろうか?

公営病院と連携することにより、その病院はティーチングホスピタルとして、医師を育てる病院であってもいいのではないだろうか?

なにがなんでも医科大学だけが全てである必要があるのだろうか?

学校で医療の勉強をして、現場で勉強や技術を学ぶ。
それが、大学病院である必要は無いと思う。

先端医療をは大学病院にまかせ、一般的な医療はこんな病院で医師を育ててもいいのではないだろうか?

医師の国家試験を変えてもいいし、
今のままでもできると思う。

今の国家試験に合格して、ティーチングホスピタルで医療行為ができるのでもいいと思う。

その学生のレベルに合わせた、医療行為の限界を決め、
それを教える医師の指導の下に、医療を学んでいく。

医師の国家資格がもらえてからが、本当の医学のではないだろうか?

学費も、地方自治体が無利息で奨学金を与え。
将来その地方自治体の病院で働くことにより、返還にそれなりの対応をすればいいと思う。

また、先端医療を学ぶために、医科大学に進む道も地方自治体が考えてもいいと思う。

30代、40代になって医療の道に進みたい人に道を開いても言いと思う。
また看護師が医師に進む道も、もっと開かれる必要があると思う。

一流の医科大学の出身者が、一流の医師とはいえないだろう。
地域で医師を育てる必要があるのではないだろうか?

病院も、ベット数や診療科目の数で病院の程度を決めるのでなく、
先端医療や、医療技術などで、診療すべき病気を決める病院があってもいいと思う。

自信と過信を勘違いしている医師により、犠牲になっている人もいるのだから。


教授を頂点とした医師のピラミッドを作るのでなく。

医師のレベルによって、普通の会社のような部長や課長のようなランクをつけて、若い医師を育てまた責任も負うシステムも必要だと思う。

一人の患者に対して、複数のレベルの医者が関ることにより、
医療ミスも減るのではないだろうか?
それにより、医師の負担も軽減できるのではないだろうか?


中央集権てきな医療制度の限界がきているのだと思う。

厚生労働省自体も、すでに末期ではないだろうか?



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posted by やんじ at 21:11| 広島 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月21日

行政と住民

安芸高田市は、とりあえず民意がくみとられて良かったですね。

行政の方針と住民の希望の隔たりが露呈したようです。

行政には行政の理由があり、

住民には住民の望みががる。

本来ならそれを繋ぐのは、議員とい仕事ではないだろうか?


行政のできることには、お金のめんを含め限界がある。

住民の希望は、際限がなく。

その間にたって、調整すべきは議員の仕事ではないだろうか?


地域によっては、地区長という人がいて、
地区の住民の望みをまとめて、書類を作り行政に要望書をだしたりしている。
その要望書を、行政の長などが検討し、予算化して実行している。
住民の要望をとりまとめって、それを実現するために
行政と住民の橋の掛け渡し役がいる。


議員は、組織とか会社とか組合によって選ばれ、
住民の個人個人の意見では選ばれにくくなっている。

政党政治といかたちで、政党の方針が優先され、民意はその次になっているように思う。

政党政治は、政党の方針に全議員が従わなければいけない。
思想・理念の一元化による服従政治が行なわれているように思える。

選挙時には住民の代表だが、選挙に当選したら、政党だけに議員になっているように思える。

思想の統一は、とても危険であり、かっての日本の軍国主義に通じるように思える。

日本の政治は、政党政治とい名のもとの、管理思想になっているように感じる。
地域で選ばれた議員が、民意を政治の世界に繁栄させることはなくなったようだ。
昔の政治家が、地元に貢献してきたことが悪だと世間では思われるようになったことが原因かもしれない。

利権とお金の問題と、民意がごちゃ混ぜになって、政党の都合の良い政治が行なわれているように感じる。


地域は、地域の発展より個の時代になり、個人の権利だけが優先されている。
そのために地域をまとめるのも難しくなっているのではないだろうか?

地域をまとめる人がいなくなり、
議員も利権と政党のために働くなら、
行政と民意を繋ぐものがなくなってしまう。

民意を反映させより良い街作りをするための行政は、失われてしまう。
行政の都合だけで、地域が動かされる。

行政の都合の中には、大きな声で発言し、利権の生じる人達だけが優遇されることも含まれるだろう。

行政の都合の犠牲になる人は、弱者になってしまう。


限られた行政の力を、住民のために使うには、
住民と行政の間にたって働く人が必要になるだろう。

行政判断に異議を唱えることは必要なことだけど、
ならばその先をどうするかと考えないと、
異議は、単なる文句なってしまう。


地域の人達が、それぞれの人と関ることをし、連携する。
そこが失われているからこそ、地域の意見をまとめられず、
行政に民意を伝えることができないのではないだろうか?

平成の大合併は、住民同士の関わりを希薄にしてしまったのでないだろうか?
行政のための合併であり、住民には良いことは少ないのではないだろうか?

大きな行政区では、全ての住民が、一つにはまとまりにくいだろう。

ならば、住民が地域ごとにまとまって、地域の意見を行政に訴え。
地域ごとの代表が集まり、行政と連携する必要があるのではないだろうか。

より良い地域作りは、行政に依存するのでなく、
住民が考え行動し、それを行政がサポートするような街作りをしなくてはいけないのかもしれない。

議員を選ぶ選挙でも、地域に貢献する議員を選ぶ必要があり、
組織とか会社とか組合のために選ぶことは止めなければいけないと思う。

行政と住民は、主従関係ではいけない。
行政に住民は、依存してはいけない。

住民のために行政が働くには、住民と行政は強く繋がっている必要があると思う。

地域のために働くに行政だけではなく、
地域のために働く人が必要ではないだろうか?


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posted by やんじ at 21:37| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月17日

詐欺?選挙

社保庁労組での「ヤミ専従」問題は、年金問題とつながっているんじゃないだろうか?

組合員の専従は、民間では行なわれているが、公務員には許されてはいないこと。


給料だけでなく、退職金も含まれるのであろうし。

処分が、次の組織に採用されなくなるんというんじゃなく、
本来なら、懲戒免職されてもいいことだろう。

お金を返せばいいという問題ではない。


税金を騙し取っていたということになる。

この根っこは、年金問題でも同じじゃないだろうか?
年金をくすねていたり、
行方不明の年金も、書類を操作して騙し取っていた可能性も考えれる
のではないだろうか?

この問題で、社保庁労組は違法な組織といえるのではないだろうか?

社保庁労組と社保庁との、労働契約問題でも納税者を馬鹿にしていることが行なわれてきた。

社保庁労組は、連合の組織でもあり、
当然、民主党の支持団体でもある。

昨年の夏の参議院選挙で、民主党はこの年金問題で圧勝をしたが、
実は、年金問題を起こしたのは、民主党の関係者(組合員)だったことが、明らかになっているのではないだろうか。


物事の本質を隠し、国民を騙して選挙をしていた民主党。

年金問題は、早くからわかっていたが、国民の知らせたのは選挙前。

早く知らせたら、本質が見抜かれるから、選挙前まで隠していたとも言えるのではないだろうか?

いかにも国民のためにとい旗印を揚げて選挙をしていたが、
悪徳こわっぱ役人と結託していた民主党ではないだろうか。


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原爆ドームの前で、赤い旗を立てての活動は辞めてもらいたい。
とても見苦しい。
身内以外は、不愉快に思うのではないだろうか。

平和の象徴の前では、赤い旗の組織は活動する資格はないのではないだろうか?








posted by やんじ at 14:04| 広島 | Comment(2) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月15日

彼岸を前にして、もう春?

ここ数日、ずいぶんと暖かくなってきました。
今日も、春の陽気です。

バイクに乗るのも、もう3シーズンのジャケットでちょうどいい。

お昼遅くから、ちょとバイクでウロウロと。

とても気持ちがいい。

近いうちに、どこかにでも行ってみようかな。


バレンタインに頂いたお礼を、日にちは過ぎてしまったけど、
本人には、なかなか会えそうもないので、あずけてきました。

色々と考えましたが、どんなものがいいのか?
迷惑をかけないものにしたつもりです。



前向きに進む気持ちを、後ろにひっぱる悩みがあると、
見えなくなることが多くなる。

見えなくなるものが多くなると、気づくことがなくなるから、
単調な日々になる。

単調な日々は、時間がすぎるだけだから、
楽しみを見つけられなくなる。

楽しみが見つけられないと、希望がなくなってしまう。

少しずつ、自分から笑顔が消えているのがわかる。

人前では、見た目は笑顔でも、後ろにひっぱる悩みがあると、
心の中は、くすんだピンク色。

他の人達の笑顔が、まぶしすぎて、近寄りがたくなる。

自分をうとましく思ってしまう。



仕事の疲れというより、
生活リズムがずいぶんと変わったからだろうか?

パラレルワールドに迷い込んだような気がする。

つかみどころのない世界に迷い込み、
何をどうしていいのか、悩みを決断できないでいる。

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2008年03月09日

無法地帯にいるのは、無法人たち

20歳前後のころは、青い灯・赤い灯にてらされた流川を、
毎晩のように流れていた。

それも20歳後半くらいから、すっかりとご無沙汰に成り、
20年近く、泳ぎ回ることはなかった。

最近、またこの川を流れている。

昔流れていた頃は、経済が右上がりで、色とりどりに飾られた川は華やいでいた。

バブルが崩壊し、この川は汚れていき、得体の知れない若い娘達が立ちんぼをして、無法地帯化しそうになっていた。

今は、照明が明るく、得たいの知れない者達は、表からいなくなった。

街のことを考えた人達の努力の賜物である。

また、パトカーもタクシーと一緒に車の列のかなを流れている。
歩いてパトロールするより、効果は大きい思う。
車の流れは、歩くスピードより遅く、
交差点でもしばらくそこを動かないから、広い範囲を長い時間監視できている。
歩いてでのパトロールでは、角を曲がればすぐに見えなくなるから。

無法地帯を健全化するためには、良識のある人達の努力の賜物であろう。


沖縄での14歳の少女への米兵の暴行事件が、公訴の取りやめになった。
少女からの辞退だと。


この事件で、TVで評論家の中には、そんな場所に行った少女も悪いということを言う人もいる。

確かにそうかもしれない、でも、それはTVで発言することでなく、
親や周りにいる人達が、少女に教育として言う話だけである。

日本は法治国家であり、無法地帯は存在してはいけない。
なのに、その無法地帯を認めるような発言は、いかがなものだろうか?

猛獣のいる場所に行ったわけじゃないのだから。

少しくらいの危険が存在していても、そこに近づきたいと思うことは、若い頃は誰もが思い、行動しているだろう。

そして火傷を負った人もいるだろう。

だからといって、無法を許してはいけない。

米兵が集まる場所が無法地帯化しているのは、無法人が軍服を着ているからではないだろうか?

正義のない戦いをするのは、無法人たち。

アメリカの戦争には、正義は存在していないのだから。

正義という言葉を、自己顕示欲のためだけに使うのだから。




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2008年03月02日

軽薄ことば、遺憾

政治家や地位のある人は、謝るのに「遺憾」という言葉を使う。

この言葉は、どんな重みがあるのだろうか?

いままで、何度も聞いたが、重みなんて感じない。
ただ、この言葉を発すれば、全てが許されるような意味に思える。

政治家等が、罪を逃れるために免罪符にしか思えない。

「遺憾」とい言葉を告げたら、
政治家の政治生命が無くなるとか縮まるわけでない。

なんと無意味な言葉だと思う。
言葉というより、口から出るただの音でしかない。


米軍兵の犯した罪に対して、
ライス国務長官が、謝罪した。

「このような事件が起きたことに深い遺憾の念を覚える。米国民と米政府は、被害者とご家族を心から心配していることを伝えたい」


なにを言っているのだろうか?
ことの重大さを理解していない。

アメリカからの観光客や一般市民が、日本で犯罪を犯したわけではない。
この言葉は、そうしたときの言葉じゃないだろうか?

謝罪すべきは、アメリカ大統領である。

日本に来ている米兵は、アメリカ大統領が選んだ軍のトップから、
縦の命令系統で、選ばれた軍人だ。
全ての軍人は、アメリカ大統領の命令で動くのだから。

ならば、犯罪を犯した米兵を選んで、日本に来させたのは、
アメリカ大統領ということになる。

謝罪すべきは、アメリカ大統領。

ライス国務長官が述べる言葉は、
「アメリカ大統領が任命した軍人が罪を犯し、誠に申し訳ございません。アメリカ国民が選んだ大統領の犯した罪は、アメリカ市民全員の罪です。全ての責任はアメリカにあり、被害に遭った人達に完全なる保証をアメリカ政府はいたします。ごめんなさい。許してください。」
とすべきではないだろうか。

アメリカは、司令官の解任をすべきじゃないだろうか?
日本の政治家もそれを要求すべきである。

部下の管理ができない司令官か、核兵器を扱っていることは、
とても恐ろしいことです。

日米同盟の重要性を強調するが、この同盟は対等ではないと思う。

それぞれの軍隊は、その国の国民の生命と財産と領土の安全を守るために存在している。
守るための行為として、また国の発展のために戦争をしている。

同盟ならば、お互いの国民の生命を守るのは当然である。

しかし、米兵にとって、日本人は欲求のはけ口でしかないのなら、
その行為は、占領地域に対しての行為と同じゃないだろうか?

米兵の性犯罪は、後を絶たない、
それでも米軍を誘致している。

米軍を補助金目当てで誘致する人は、女衒なのかもしれない。

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posted by やんじ at 14:00| 広島 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月25日

犯罪者が軍服を着ているのが米兵

岩国市の市長選のことを、書いていなかった。

今回新しい市長は、票をお金で買ったといってもいいのではないだろうか?

岩国の市長選挙は、反対と賛成票は僅差といっていい。

基地に反対した人達の多くは、旧岩国市民だと聞いている。
賛成した人達の多くは、広域合併で新たに岩国市になった人達。

旧岩国市民は、基地の危険性、飛行機の爆音で被害にあっている。
新しい岩国市民の住んでいる地域は、基地の日開はほとんどない。

新しい市長は、条件付という公約を言っていたが、
自民党の条件付という公約は、利権のために存在するが、
有権者のために存在したというのを見たことがない。

また、基地を賛成することにより、
国からの補助金が、生活の使われる(福祉等)。

深刻な被害のある人達は、補助金より安全で安心な生活を求めて反対した。
被害にない人達は、お金がもらえれば、被害のある地域のことなど関係ないから賛成した。

アメリカ軍にために使われるお金は、人殺しにためのだけのお金。
血に塗られてお金で、幸せになれるのだろうか?

アメリカ軍は、自国の利益のためだけに世界中を戦争に巻き込んでいる、悪の枢軸。

自国を守るために軍人になっている人もいるのかもしれない。
でも下級軍人は、犯罪者も多くいるのではないだろうか?

アメリカの警察組織は、日本とは違い、地方の保安官や郡の警察など、独立して存在しているようだ。
だから、他の州での犯罪によっては、罪を問われにくい場合もあるようだ。
複数の郡の警察、複数の州の警察管内での犯罪を犯した場合には、
FBIが登場している。

小さな町で、強姦や殺人をしない強盗をしても、他の町では逮捕されない可能性もある。
仮に追われたら、軍隊に入ればいい。
そんな軍人も多くいると聞く。

広島や沖縄で強姦事件をした米兵は、
アメリカ軍人が犯罪をしたというより、
もともとの犯罪者を受け入れたアメリカ軍が、
犯罪者に軍服を着させていた可能性もあるのではないだろうか?

だから、いつまでたっても犯罪は減らない。

日米地位協定は、すぐに破棄すべき協定である。
アメリカ軍として作戦として行動したことによって、
日本の法律に抵触したのなら、それなりの考え方もあるだろう。

しかし、米兵の犯罪は、個人として日本で起こした犯罪なのだから、
地位協定とは違った判断をすべきである。

軍事行動をしていた米兵の違法行為じゃなく、
職業が軍人の、米国人の犯罪なのだから、
他のアメリカ人が日本に来て犯罪を犯したときと同じ取り扱いをしなくてはいけない。

地位協定を破棄し、米兵の犯罪を許して欲しいのなら、
アメリカ大統領直筆の請願書を出さす必要があると思う。


軍服を着た犯罪者を受け入れることにした岩国市は、
米兵の犯罪に対して責任を負う義務があると思う。
お金を貰っているのだから。


選挙で選ばれた首長の考え方に反対するために、
たかが公務員である防衛省が、その首長を陥れる行為をすることは、
民主主義でなく、独裁国家ではないだろうか?

独裁国家により選ばれた新しい岩国市長は、
市民の生活も命も安全もお金で売ってしまった。

どうして政治家は、省の違法行為に対して大臣の退陣要求をするのに、
アメリカ軍の司令官に対して、軍の規律を守ることができなのだから
交代要求をしないのだろうか?

日本の国会議員は、アメリカの司令官以下の地位しかないようだ。
これも、日米地位協定で決まっているのだろうか?

今の自民党の議員の多くは、アメリカにひれ伏し、
民主党は、アメリカのそばにも寄れない人達ばかりなのだろう。


広島ブログ
posted by やんじ at 22:29| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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