2007年12月04日

「福音の少年」

     著者 あさのあつこ


田舎町のアパートガス爆発事故。
住人がほとんど死亡。

被害者の中の高校生の少女。
彼女の二つの顔が、事件を生んでしまった。

彼女の幼馴染の高校生と彼女の彼、
そして元戦場記者だけど今は3流雑誌の契約記者。

高校生の彼ら彼女の、大人になりきれないもどかしさ、
全てのことから解き放たれたいと望むころ、

友達のようで、親しくも無く時には関りたくない関係。

高校生の頃には、誰もが少しは思う感情なのかもしれない。

高校生の微妙な心の起伏と、少女の意外な行動。

悲しい事故は、事故じゃなかった。




スクリーンに投影される風景を、木々を一枝一枝描き、
人の表情の変化を一時でも逃さないように、
作者は書き込んでいる。

本を読んでいるのだが、映画を観ているように見入ってしまう。




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2007年11月07日

「太陽の子」

     著者 灰谷 健次郎

戦後約三十年後の神戸での物語です。

沖縄料理のお店「てだのふあ・おきなわ亭」を営む家族と、
そこに集う人達の、心の交流や戦争について書かれています。

てだのふあ・おきなわ亭を営む夫婦は沖縄出身です。
そこの娘、ふうちゃんは小学6年生で神戸生まれ。

このお店には、神戸で働く沖縄出身者が集っています。

毎夜のように、沖縄の思い出を語りながら泡盛や沖縄料理を食べて騒いでいます。

ふうちゃんは、そんなお客さんから沖縄の子といわれるのが好きじゃなく、神戸の子だと言っています。

ある日ふうちゃんのお父さんが、心の病にかかります。

お父さんの心の病の原因や
沖縄出身でお母さんに捨てられて、ぐれていたキヨシ少年のことで、
ふうちゃんの中で、色々なものが変わり始めます。

ふうちゃんは、みんなの人気者で、心が優しく、親思いです。
そして周りの人のことも大切にし、その人達のことも真剣に考える、
理髪で行動力のある子です。
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2007年11月03日

「ロックンロール」

     著者 大崎 善生

雑誌の編集長だった植村は、編集者の高井に素質を見出され、
小説を書く事になった。
初めてかいた小説は、小説の新人賞を獲得たが、それから2年間何も書けずにいた。
その賞の授賞式で知り合った他の雑誌に編集者の石井久美子。

植村が東京に上京してからのこと
高井と石井久美子とのこと、
植村と石井久美子とのもしかしたらとい関係

パリの14区のポート・オルレアンとい街の小さなホテルで、
植村は新しい小説を書いていた。
そのホテルの周りでおこる何気ない日常の風景を見ながら、
日本と、日本語と遮断されてフランス語さえほとんどわからない場所で。

自分の人生を振り返りながら、
また、突然パリに現れた石井久美子に関ることなど。

植村の人生に「ロックンロール」は欠かせない。
人生のいたるところで音楽が関っていた。

男女のSEXでさえ、人生に関っている。

人生は石のように転がっていくもの。

色々な人生を転がっている人のポケットには「ロックンロールという小石」が入っている。

でも、岩となって転がるなというロックンローラーもいる。
「to be a rock and not to roll」

植村と石井久美子との不思議な関係は、
ジェフ・ペックの「哀しみの恋人達」で繋がっていたのかもしれない。
石井久美子の兄は、ロックンローラーで恋人の妹と車の事故で死んだ。兄を偲び兄の好きだったロックロールを聞いていてこの曲を好きになっていた。
兄の恋人と植村の昔の彼女がもしかしたら同一人物かもしれない。


植村と石井久美子は、惹かれあっていくが、<岩となって転がる>というフレーズが繰り返され、燃えるものを持っている二人を抑止していたように思う。

パリという街で、ロックが似合いそうもない風景の中で、
絡み合ってしまったクモの糸を解いていく。
ロックロールのような人生を歩んでいた人達が。

今まで生活してきた社会から環境から離れることによって、
見えてくる人生もある。
こころのどこかで岩のように転がることのなかった思いが、
クモの糸がほつるように、また転がり始めていく。
過去の絡み合った思いがほつれていく。

自分の生き方がみえてくる。



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2007年10月26日

「ウェルカム・ホーム」

    著者 鷺沢 萌

血が繋がらなくとも、愛情を注いだなら、心でふれあえる家族になれる。

血がつながっていない子供を、愛情を注いで育てた物語が、
二通り描かれています。

渡辺毅のウェルカム・ホーム

憲弘という少年が、学校の宿題で書いていた作文を、
ひょんなことから毅が読んでしまったことから、
変な思い違いから、物語は始まっていく。

毅は、父親の繁盛していたレストランをつぶし、浮気がもとで離婚され、一文無しの状態で憲弘の父で毅の友人の家に転がり込む。
憲弘の母は、彼が幼い頃に亡くなっている。
憲弘の父は、優秀なサラリーマンで仕事が忙しく、
子育てや家事を毅に任してきた。
毅のおかげで、憲弘はとても良い子に育っている。
本当の父親があまりかまうことなくても。

憲弘の作文には、本当のお父さんは働いていて、もう一人のお父さんタケパパ(毅)は、家で家事をしていると書いていた。

それを読んだ毅は、自分たち(憲弘の父)が、ただならぬ関係(ホモ)と勘違いされると思い込んでしまう。
そこから、物語は、毅のこと、憲弘のこと、憲弘の父の英弘のことと、三人の生活のことなどで、展開していく。

色々なトラブルや勘違いが元ではあるが、温かい人間関係が描かれていく。

憲弘の書きかけの作文で始まり、
最後は、その作文が完成されて終わっている。


 僕は一人っ子なので兄弟がいない、お父さんも一人っ子なので従兄 弟もいない・・・・・・・
 だけど、僕にもいつか弟か妹ができるのではないか、と想像してい る。タケパパも僕のお父さんだから、タケパパの子供は、僕の兄弟 になる。
 弟や妹ができたときには、きっと一緒には住めないと思う。
 でも、一緒に住んでいなくても家族だと僕は思う。




もう一つの、ウェルカム・ホームは、、、、、、
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2007年10月19日

「ボーイズ・ビー」

   著者 桂 望実


隼人は小6、母を亡くし、小1の弟直也の面倒をみている。
消防士の父は忙しく、直也の面倒をほとんど見ている。
父は、多くの人を助ける仕事をしているから尊敬している。

弟の直也は、いまだに母親の死を受け入れる(理解)することができず、そのことが隼人の悩みでもあり、このことで物語は展開していく。

70歳の靴職人栄造。色々な仕事の人や教室があるアトリエで、注文で靴を作っている。人付き合いが悪く、同じ建物にいる人達との付き合いもほとんど無く、むしろ恐れられている。有能な靴職人ではあるが、年のせい?最近では良い靴が作れずにイライラしている。

隼人と栄造の年の差は、58歳。
二人の出会いは、直也のいく絵画教室が栄造のいる建物にあったから。

人付き合いの悪い栄造が、子供さえ好きではないのに、なぜだか隼人と仲よくなる。
そして隼人の悩みを一緒に解決しながら、栄造の人間性さえも変えていく。

隼人の家族を思いやる気持ち、小さな胸に張り切れそうな糸をはったように思いつめている。
そんな隼人を、家族のいなかった栄造は、自分を育ててくれた人への思いと重ね合わせたのであろうか、放っておくことができなかったのかもしれない。

直也が母の死を傷つくことなく受け入れられるように、直也を必死で守っている。
栄造は、その方法を隼人にアドバイスするけど、なかなか旨くいかない。

栄造自信も、自分の仕事の悩みを抱えている。
思ったように靴が作れない。

栄造の問題は、隼人の悩みを解決していくうちに気づかされる。

直也のために母が作っていたプリンを作るために、
その建物にいる料理教室のドイツ人との出会いから。

人付き合いの悪かった栄造も、隼人の悩みを解決しているうちに、
多くのひとにかかわり始める。

栄造は、他人にものを頼むと、反対に面倒を頼まれるから嫌なのだ。
そんな栄造に隼人は、みんなが手伝いたいのは、ただ応援したいからだと納得させる。

隼人の純真な心は、偏屈な栄造を変えていく。

ドイツ人は大きな足をしていて、日本では足に合う靴がないから、
栄造にプリンの作り方を教える代わりに自分の靴を作るように頼む。
本来なら必ず断る栄造だが、隼人のことだからその靴を作ることにする。
ドイツ人は、ドイツの母親から靴を送ってもらっていて、その靴を作るのが、80歳に女性で手で靴を縫っていると話す。

この話が、栄造の問題を解決させていく。

栄造の靴のファンが、栄造の靴をマイスターコンクールの出品しようという。断る栄造に、隼人がそれを勧める。

12年の人生の隼人と70年の人生の栄造。
家族思いの隼人と頑固な靴職人の栄造。

58歳の年の差の奇妙でいて、楽しく、笑え、切なくなる友情。


知らない人達が、ちょとした縁でふれあい、
とても大切な関係が生まれていく。

とても心が温かくなる話です。



子供にも読んでもらいたい物語ですよ。
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2007年10月17日

「ジャンプ」

    著者 佐藤 正午


もし、あのときアレをしておけば、
もし、あのときアンナことさえしなければ、
もし、、、、、、、、、、、、

人生には、幾度となくこんなことを考えるときがある、
そして、違った人生を想像してみる。

でも、それはどうにもならない、
叶うことなどありえない人生。

三谷純之輔は、もしあの日、あのお酒、
「アブジンスキー」を飲まなかったら、
南雲みはるを失わなかったのではと、悩み続ける。

お酒など飲めないのに、

あの日、
翌日に出張に行くのに都合の良い場所に住んでいる、
付き合っている女性の家、
南雲みはるの家に泊まることにした。

アブジンスキー(あぶさんとジンとウイスキーのカクテル)
別名「アースクエイク(地震)」

グデングデンに酔っ払い、彼女の部屋についたとき、
毎朝食べるリンゴを買い忘れたことに気づく。

そして南雲みはるは、彼を残してコンビに買いに行く。

そのまま彼女は帰って来なかった。

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2007年10月12日

「いつでも夢を」

  著者 辻内 智貴


白いワンピースを着て、どこを見るのでなく
ただ雨に打たれ続けている若い女性、洋子

その女性を車の中から、他の想いと重ね合わせて、
ただ見ているだけのやくざ、龍治

その女性を放っておけずに家に連れて帰った不器用な小説家、ジロー

ジローのアパートの1階に住んでいる、元警察官とその妻

洋子には、母親のことで心に傷を負っていた。
龍治は、幼い頃に亡くなった妹のことが心の底に残っている。
売れないというか書かない作家ジローは、いつも貧乏だが
暖かな何かを持っている。
面倒見のよい元警官夫婦。

心に深い傷を負って、また自分自身さえ傷つけていた洋子は、
ジローや元警察官の夫婦と龍治の優しさによって、
人の優しさを感じることができるようになって、
自分を取り戻していく、


100グラムのコーフクには、100グラムのかなしみがすでに含有している。

コーフクを喰らうときには、かなしみも喰らえ。
たのしさを喰らうときには、さみしさも喰らえ。
同つものとしてあるものを、同つものとして、ちゃんと喰らえ。
コーフクばかり、たのしさばかりを食いちらかして、
うち捨てられたかなしみの山が、澱んで、腐って、膿んじまって、
そのあまりの腐臭に驚いて、あわてて皆で間に合わせのフタばかり、
かぶせている。
一人一人はよい人間でも、集団になるとムシの好かないものが出来上がる。



あなたは人生という言葉から、何を連想しますか?

「虹」

つまり、人生は、なんだか訳のわからないフシギなものだという意味


「洋子ちゃんの夢は、何だい?」

「―いつか、ジローちゃんとセックスすること」

洋子は自分の心も体も綺麗になったらジローと結ばれるたいと思っている。
いま抱かれるのは、ジローに失礼だから。


人間は、どこからだって、新しくなれるんだ、
新しくなりたいと願った時から、人間は新しくなれるんだ、
夢をみることが、いつだって、人間を新しくしてくれるんだ。


それぞれの孤独が出合ったとき、ほのかに希望は生まれ、
やがてそれは、大きな愛情へと育っていく。

心温まる純愛小説です。




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2007年10月09日

「箸の上げ下ろし」

  著者 酒井 順子


けっして料理が得意とか大好きとも思えない著者が、
NHKの看板番組の「きょうの料理」のテキストに書いた
エッセイ集です。

エッセイだから、文は短く2〜4ページです。
まるでブログを読んでいるような錯覚をおぼえて、
読みながらコメントを考えてしまいました。
(もしかして、ブログ中毒?)

料理のこと、それに関る?換気扇とか炊飯器のこと。
レストラン、給食、友人宅でのおよばれ、などなど。

場所・道具・郷愁・場合に分けています。

お弁当では、ごはんがおむすびのとき普通に盛られたときの違いは、
納得しました。

また、どこの家庭でもあるだろう、たくさんの香辛料のビンが並んでいる理由には、共鳴しました。

著者が感じたこと思ったことが書かれてあり、
フムフムと同感すること、なぜ?と思うこと。
日記調に書かれているから、ブログと誤解したのかもしれません。

長編でも、話が繋がっているわけでもないから、
バスや電車の中や、ちょっとした時間つぶしに読むには、
最適だと思います。
posted by やんじ at 15:29| 広島 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月04日

「パーネ・アモーレ」

  著者 田丸 公美子
      副題「イタリア語通訳奮戦記」

本を読んでいて、私よりひとまわり位年上のようです。
(実際は10歳年上です)
広島出身で、ノートルダムの中・高校を主席で卒業し、
東京外国語大学校でイタリア語を学ばれたそうです。

通訳をしている家庭のこと、そして通訳になるきっかけになったこと。
多くの著名人の通訳をして、その人物のことや通訳時のエピソード。
イタリア人の気質や文化。
通訳者たちのの裏話。

特に著名人のことはとても面白いです。

通訳に必要なこと。
ただ単に言葉を訳すのでなく、通訳をするときの状況(文化講演、会社同士の契約、政治的なこと)に応じて、両方の文化を理解して、時にはことわざを織り交ぜての通訳も必要。

とても面白く書かれています。

彼女は、イタリア語の通訳の草分け的な人。
まともなイタリア語の辞書さえなかった時代。
それはほんの少し前のこと。

悪戦苦闘しながらも、楽しく書かれています。

TVとかで通訳をする人を見ていると、
とても生真面目で、勉強家で、接しにくそうというイメージです。

確かに、間違ったり、通訳された相手が勘違いをすると、
政治的な問題や、会社では契約の破棄につながるから、
慎重に訳し、また十分な勉強も必要です。

でも、彼女にはそんな堅苦しさを感じさせない人間性に、
彼女に通訳をしてもらった人達が惹かれています。

イタリアは、最近はサッカーで身近に感じます。
ファッションでも多くのものが日本に入っていますが、
私には関係ないから、その部分ではあまり感じていませんでした。
また、昔の映画では、イタリア映画はたくさん見ていましたが、最近はほとんど見ません。

この本を読んで、イタリアに、イタリア人に非常に興味がわきました。
posted by やんじ at 09:46| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月27日

「アンダンテ・モッツレラ・チーズ」

   著者 藤谷 治

溝口健次(34歳)と山田由果(30歳過ぎ、バツイチ、子持ちそして外国からの放浪して帰国、なんと全身変わった刺青)が繰り広げる、可愛らしくて野暮ったい恋の物語。

由果の子供の天才児・猛助。

セトウチインフォメーションサービスという会社を舞台にして、
そこで働く、年下の同僚たち、
篠原京一(21歳、路上シンガー)、大森浩一郎(29歳、映画オタクで執行猶予中)、千石清美(22歳、超お嬢様、京一の歌に惚れて入社)
と、
彼らの上司、野茂美津夫(52歳、刺青フェッチ)とその妻が
(この人の存在が、この小説に色を添えている)

面白くもあり、宗教観もあり、恋もあり、そしてアメリカの同時多発テロも関係しながら、最後のどたばたへと繋がっていく。


健次は、賢くいろんなことを知っている、知識を得るためにたくさんの本も読む。

何のために?それは、

昔、健次が最悪な状態に陥っていたときに、
気持ちがナイフの先みたいになって、人生のこと女のことや仕事や才能のことを真剣に思いつめて、生きていてもしかたないと思ったときに、自分が生きていくのに何の意味も感じられなくなったときに出合った、
あまりアホみたいな歌詞で、それでいて可愛くって、あからさまな歌に出合った。

それまで悩んでいたことが、ばかばかしくなるような歌詞に出合った。

だから、一生懸命に知識を得て、とてもくだらないことを考えだす。
そうすれば、自分みたいな人も救われるだろうと。

世界はどんどん悪くなる、馬鹿げた笑いがなかったら、それはただえさえ陰惨なこの世界をもっと悪くする。
だからもし、自分に少しでもできることがあるのなら、それは世界に一つでも多く、馬鹿げたことをつくること。



同じ車に乗って会社に通う5人は、車の中で、とてもくだらない会話をして、憂鬱な朝を楽しく過す。

その時の決まり文句が、「アンダンテ・モッツレラ・チーズ」

これは、くだらなくて無意味で、それが存在するだけで人が幸せになってしまうようなもののこと。

どろどろとした色恋沙汰になりそうだけど、
喜劇の小説です。

秋の夜長を、気持ちを楽にして、楽しく読める本でした。


posted by やんじ at 22:49| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月24日

「カラフル」

  著者 森絵都


生前に罪を犯してしまった 魂。
だから、輪廻のサイクルはずされ、生まれ変わることは許されない。

抽選で選ばれ、今まさに死のうとしている少年の魂と入れ替わり、
その少年のこれからの人生を代わりに歩む。
それが旨くいけば、もう一度輪廻のサイクルに戻ることができる。

その少年は中学3年生、家族や学校や友人に失望して自殺した。

天使のプラプラが、
少年の魂の代わりに入った主人公である魂のガイド役。

そのプラプラから、少年のことを教えてもらいながら、
少年の家族や学校で、自殺後の人生を少年(小林真)として生きて行く。

プラプラは、真が自殺した理由になるであろう、真の記憶を教えてくれる。
「母のこと」「父のこと」そして「学校のこと」「友人のこと」
でも、それはほんの一部の記憶だけ、全ての記憶ではない。


真を演じる魂は、どうせ他人の人生だとしらけて演じていくが、
役者が、役になりきるように演技でなく自分の人生のように演じ始める。

自分の気持ちを押し殺し、誰にも何も告げずに自殺した真。

演じる魂は、そんな真に同情?でもしたかのように、周りの人に真の気持ちを代弁していく。

多くの誤解が、周りの人と話さないことで生まれていた。
それを代弁していくうちに気づいていく。

目の前に見えていたことが、全て真実ではないと。
自殺した原因は、実は自分が心を閉ざしてしまったことにより、
見えなくたことに。

「この地上ではだれもがだれかをちょっとずつ誤解したり、されたりしながら生きているのかもしれない。それは気が遠くなるほどさびしいことだけど、だからこそうまくいく場合もある」

誤解から生まれた自殺。

話すことによって、自分で見ていたことが

単なる黒だと思っていたものが白だった、なんて単純なことではなく、たった一色だと思っていたものがよく見るとじつにいろんな色を秘めていた。

黒もあれば白もある。
赤も青も黄色もある。
明るい色も暗い色も。
きれいな色もみにくい色も。
角度次第ではどんな色だって見えてくる。


輪廻のサイクルに戻るためには、この真の身を借りて修行をすること。修行が進んで、自分自身の罪を思い出したらこの修行は終わる。





生きていくうえで、色々な問題や誤解やつまずきで、
人生に絶望することはあるだろう。
でも、最悪の結果を選ぶ前に、すべきことはたくさんある。

もう一度、自分自身の目で、曇っていない先入観のない目で、見直してみよう。
自分の殻に閉じこもらずに、多くの人と接して見よう。
人と話をして、自分の意見を言い、人の話をたくさん聞こう。

そうすれば、人生は開けてくる。

自分を不幸にしているのは、他の誰でもなく自分自身なのだから。
posted by やんじ at 13:13| 広島 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月19日

「そのときは彼によろしく」

著者 市川拓司 

中学の頃に出合った3人と一匹

水草が大好きで、水辺で遊ぶ主人公の智史、
ゴミが大好きで、ゴミの絵を描く佑司、
男まさりだけど、なぞのある花梨、
そして、ゴミの山にいた声を消された犬、トラッシュ。

3人と一匹が一緒に遊んだのは、13歳の頃の一年余りだけれど、
強い友情で結ばれたいた。

それぞれの事情で、15年ほど音信不通になっていた。

29歳になって、3人は再びめぐりあっていく。

子供の頃からの夢を叶えた智史は、アクアプランツを売るお店を開業した。
そのことを他の二人は雑誌で知り、
そして人生が交錯していく。


家族とか友人とかが出会いや結びつくことは、
何か強い絆でつながっているから。
だから大切な人がいる。

もし別れることがあったとしても、その何かの絆で再び会うことができる。

また、その絆は、

人の記憶、思い出、想いまた夢の世界、そして死後の世界でさへも、
絆はつながっている。

その場所は、とても懐かしく温かく優しい場所。

そこに行けば、亡くなってしまった人とも、心のつながりを感じることができる。

夢に見たこがあるだろう、大好きだった祖母や母が、優しい笑顔で迎えてくれる夢。
それは、祖母や母が愛していたことを伝えている。

すべての人が、みんなそこで繋がっている

「かくのごとき夢あれかし」



3人の中学の頃の思い出と、
29歳になってからの再会とが交差して物語は進んでいく。

そして、花梨の不思議な力で、
その後の3人の人生が救われていく。

友情と恋愛、そして家族愛が織り成していく、心温まる物語です。

posted by やんじ at 19:36| 広島 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月13日

「平凡なんてありえない」

今読んでいる本の題名です。

作者は原田宗典。

作者の少年時代や学生時代の思い出を綴っている。
これといって感動する作品ではないのだけど、

この作者と私は、まったく同じ時系列で生きている。

そう、同級生みたいなものである。

だから、書かれている話の背景が、
自分の歩んできたものと同じものになっている。

作者の書いている時代の思い出と、
自分の思い出が重なっている。

なんだか自分自身の思い出話を読んでいるみたいだ。

初恋のくだりを読んで思い出した。

小学校の頃、初恋とい言葉さえ知らなかったころに
とても気になっていた同級生の女の子の顔を。

あのひとに似ている。




今日は夕方に、素敵な方とお茶する予定。
自分に自信を失いそうなときに、元気付けてもらえる。

posted by やんじ at 13:51| 広島 | Comment(2) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

「sideB」

「真夜中の5分前」
いま読んでいた本です。
sideAとsideBの2巻です。

きょうsideBを買うために3件の本屋さんを回りました。
ソレイユのフタバでsideAを買ったのですが、sideBがありません。
sideAは5冊もあるのにです。





「時計は全部、5分遅らせることにしている」
「だって、人より、ちょっと得した気分にならない?
あら、あなたはもう十時なの?私はまだ九時五十五分よって」

「三十分遅らせよう」

「三十分はだめよ」
「三十分も遅らせたら、世界に追いつけなくなるわよ。五分くらいがちょうどいいの」


人を愛することは、どうゆうことなのだろう?
愛した人を失ったときに、
どうすればいいのだろうか?

自分自身が人を愛することを自覚して、見えるものが沢山ある。

人を愛したことを理解しないでいると、
自分の人生をつまらないものにしてしまう。
その人の人間性さえも薄っぺらいもになってしまう。
人生のなかに、大切なものを見つけられないままに、
本当の大切なものを見つけることはできない。

仕事で成功しているように見えるけど、そこには大切なものが抜けている。

自分自身が愛していたことを理解すると、
自分を傷つけてしまうのなら、
自分を見失ってしまうのなら、
愛していたことを心の奥に隠してしまう。

でも、愛していたことを受け止めるなら、
その後の人生を、より良いものにしていくのであろう。

一日にうちで、五分間は、288分の一である。

世間では日付が変わっている午前零時。
でも、私の時間はまだ十一時五十五分。

その5分間の時間を、
愛した人のために、
そのときを生きている自分のために生きる。

そして明日という日を豊かに生きることができる。
posted by やんじ at 22:29| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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